今までにないクリエイティブを事業にする!マルスの個性を詰め込んだスタジオオフィス-株式会社マルス【オフィスWatch152】

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1)今までにないクリエイティブを事業にする!マルスの個性を詰め込んだスタジオオフィス
①黄色のエントランス
②真っ白なスタジオ
③サテライトオフィス
2)社長インタビュー
3)周辺情報
4)まとめ

1)今までにないクリエイティブを事業にする!マルスの個性を詰め込んだスタジオオフィス

株式会社マルス
《事業内容》 広告写真全般の撮影・企画・制作、及びモデルキャスティング等の関連業務。
《サイトURL》 株式会社マルス http://www.mars-jp.com/
株式会社MCC http://www.mcc.jpn.com/

①黄色のエントランス

イエロー一色で彩られた、インパクトのある階段。壁にはたくさんの写真や絵画など、作品実績が飾られている。まるで高級ギャラリーのようなスタイリッシュでアバンギャルドな空間だ。

「写真は人を惹き付けるモノでなければならない」と横山社長は語る。商品がより引き立つようなデザインを心掛けている。このエントランスもまさにそうだ。今までの仕事が額縁に入れられ、壁に並べられている。そして、その写真をより一層引き立てる鮮やかなイエローの空間。マルスの過去と現在を結ぶ特別な場だ。

【取材スタッフの一言】
もともとは床の一部がイエローだったそうです。次第に横山社長がビルのオーナーと親しくなり、壁と階段を同じ色にしたらしいです。マルスの顔にふさわしいインパクトですね!

②真っ白なスタジオ

真っ白な空間が印象的。年季の入ったカメラ機材はプロの誇りを醸し出し、天井の高い開放的な雰囲気にはスタジオの歴史を感じる。30年前から使い続けるマルスにとっては伝統の職場スペースだ。

「この空間でしか撮れないモノがある」と横山社長は語る。企業の新商品を撮影することも多い。大切な情報を管理しながら仕事をするために、自社スタジオが活きる。30年間さまざまな商品のビジュアルを作り続けてきたこのスタジオは、まさにマルスの歴史そのものだ。

【取材スタッフの一言】
オフィスの外はシャッターになっており、大きな機材を搬入することもできます。空気もピンと張り詰めたプロの空間です。緊張感がありました!

③サテライトオフィス

濃緑のマット、小粋な影時計にシックな印象を受けるエントランスだ。清潔感漂う会議室に、赤い椅子がポイントになっている執務スペース。シンプルにまとめた、機能性抜群のサテライトオフィスだ。

「クリエイターのマネジメントをするために新しいオフィスをもう一つ構えたかった」と横山社長は語る。スタッフを営業に集中させるため、南平台にサテライトオフィスを立ち上げた。クリエイターを売り出すために、真剣に取り組める環境がある。今までにない業界初のビジネスモデルで前へ進んでいく。

【取材スタッフの一言】
神泉のオフィスより南平台の方が渋谷駅に近いんです。スタッフもお客さんも通いやすく利便性がありますよね。すごく働きやすそうなオフィスでした!

 取材スタッフの注目ポイント 
人形
神泉のオフィスのエントランスにてお辞儀で迎える可愛い人形さん。階段にチョコンと立ってる姿がとってもキュートです!
ロケバス
神泉から南平台へ移動する時に、撮影で使うロケバスに乗せてもらいました!社内は広くて背の高いカメラの機材もしっかり入ります。
影時計
南平台のエントランスにオシャレな影時計がありました。
角度によって味が出る仕掛けになっています。デザインにこだわっていますね!

社長インタビュー

近年の情報発信の中心地である渋谷エリアに1棟借りのビルを構えるのは、広告写真全般の撮影・企画・制作を手がける、株式会社マルスと株式会社MCC。
クリエイティブな作品と効率的な組織運営を両立させるため、撮影スタジオも完備したデザインオフィスについて、代表取締役の横山利次氏に取材のご協力を頂きました。

運と縁と勘

澤村
まず、クリエイティブワークへの取り組み方をお聞かせください。

社長
依頼を受けるためには、常にアプローチしていますよ。今年もマルスは広告電通賞を受賞させてもらいましたが、以前より賞に対する価値観が少なくなってきていると感じています。あの会社は現在進行形で尖ったことをやっているな、と思ってもらうひとつとして賞を受賞することも重要だと思うんです。フリーランサーの人たちは自分の作品集を持って広告代理店や出版社、制作プロダクション等によく売り込みを行っていますが、これらも賞を受賞するのと同様にこのくらい実力があるんだってことを示すプレゼンテーションです。

澤村
大変な作業ですね。

社長
そうなんですけど、常に狼煙(のろし)を上げていないと忘れられてしまいますからね。これで良いかなと思ったら、そこで終わりです。クリエイターで食べていくには、なかなか簡単ではないです。技術は1人でも身に付けられますが、しかし仕事は写真が上手いだけでは貰えません。
営業、総合力、人間力を持っていないとダメです。まずは傾聴力が大事です。相手の話を聞くことが大切です。ここは特にクリエイターの人が得意ではない部分だと思います。クリエイターの方々の多くは往々にして相手の話に耳を傾けるより、自分の考えを主張しがちですので、組織としてクリエイターをまとめ、個々を活かすのは簡単ではないです。

澤村
30年もの間、クリエイターの方と仕事をしてきて、何かコツはありますか。

社長
こうすればオーケー、という正解やコツはありませんね。クリエイターはみな違いがあり、百人いたら百通りあります。それでも少なくとも何か1つ同じベクトルに向かわせるために、責任を持たせます。組織に入る以上はお給料をもらうために規律や規約を守ってもらいます。

澤村
個人の能力が高いほど、まとめるのが難しそうですね。

社長
会社の全員が営業として、プロフィールやポートフォリオを持って仕事を獲得しに行きます。私もカメラマンとして仕事をしていた時には、営業を軽視していました。でも営業力がなければ、仕事にならないのです。その価値観を浸透することが、組織の文化にもなって行きます。MCCが大事にしているのは、出会いが新しい仕事を生むということです。

澤村
なるほど。出会いを大切にすることが大事なんですね。

社長
人間と人間との出会いの中で重要なのは、運と縁と勘です。運がなければ出会えない、縁がなければ深く繋がらない、勘がなければ気付きません。クリエイターはなかなか、そこまでは考えられないですからね。

事業モデルなんてない

澤村
では事業についてお聞かせください。

社長
時代の変化がなければ写真撮影事業一筋で行きたかったです。でもそれは無理になりました。

澤村
そうなんですね。

社長
よく夜7時あたりからNHKで「ダーウィンが来た!」という番組がありますが、ダーウィンの進化論では、強いから生き残れた訳ではない、大きいから生き残れる訳でもない、進化し続けてきたから生き残れたのだ、と言われていますよね。事業もそうだと思います。今まで培ったものをずっと続けていても生き残れません。

その好例は、オーストラリア大陸のフィンチという鳥で、生息地によってくちばしの形が違うんです。沼地なのか岩盤なのか森林なのか砂漠なのかによって、えさの取り方が違うからです。恐竜が絶滅してしまったのは環境の変化に対応できなかったからです。企業なんてまさしくそうですし、私自身もそうです。

澤村
なるほど。

社長
よく事業モデルはありますかと聞かれますが、なかなか無いようです。
マネジメントの会社はたくさんあります。プロデュースの会社もたくさんあります。でも、即金前金でクリエイターにお金を渡し、クリエイターに対してあらゆる角度からのバックアップを行い良い仕事をしてもらうことを事業の主軸としている会社は一つもないかも知れません。クリエイターの人たちに活き活きと仕事をしてもらって、還元して行く仕組みを作りたかったんです。ただ、もちろん利益を上げなければいけませんから、クリエイターが仕事をすることで私たちもウィンウィンになる関係性を目指しています。

澤村
MCCは何の略なのでしょうか。

社長
MCCはManagement for Creative and Creatorsです。私自身が仕事においてお金や量に苦労した経験が活きています。近年は特にコミュニケーションのあまり上手ではないクリエイターには、仕事が行かなくなっています。私たちがクリエイターをプロデュースし、マネタイズしていきたいんです。

澤村
そのようなビジョンがあるんですね。

社長
僕は昨日までのものは捨てるようにしています。今か明日しかありません。あまり過去にこだわっていてはいけないんです。寺山修司は「振り向くな、決して後ろを振り向くな、後ろに夢はない」と言いましたが、同じことを社員にも言っています。高村光太郎も「自分の前には道はない、自分の後ろに道ができる」と言いました。常に前を向いて生きて行きたいんです。

これが、MCCのルール

澤村
社員さんについてお聞かせください。

社長
今、MCCで働いているスタッフは募集ではなくて私のハンティングが多いです。知り合いの紹介でもなくて、実は食事に行ったときなどフロアーの方やレジの方で接客応対などにおいてとても心地よくさせていただいたときなどは、その方に大変興味を抱き名刺を出して話し掛けます。
変なおじさんに思われないように、時には社員や家族を伴って行ったりもしますよ(笑)。何回も通い、幾度もモーションを掛けても数ヶ月も音沙汰がなかったりしますが、その後急に連絡が来たりして・・・。今は社内で仕事をしているスタッフもいます。きっかけは、弊社の役員、相談役からの一言ですね。良いスタッフを入れるのは社長の仕事。どのような人でも良いと感じたらアプローチするべし、と言われています。

澤村
ユニークな採用方法ですね!

社長
誘う時は5回以上は食事を重ねて親交を深めたりしましたよ。そして、わかり合った上で仕事をし始めるんです。自分が歳を重ねてきて思うのは、やはり20代の感性は優れているということです。年配者が多くては、どうしても会社に勢いがなくなってしまいます。どれだけ若く、フットワークのある人たちがいるかによって、会社の可能性が違います。よく若い人に言うのは、旅行などで外国に行くとその国には他の国とは違う法律やルールがあるように、会社によっても違うから、まずそれを受け入れることが大切だということですね。そして傾聴力とコミュニケーション能力が大切であると考えています。

澤村
事業が順調だから、今回も新オフィスを立ち上げられているんですね。

社長
南平台をサテライトとして立ち上げる時には、中古事務機屋さんを使いました。そこのスタッフの女性と話した時に、新しい事業体を作る際に新しい家具を入れた方が良いかと相談したら、最近渋谷周辺に多いIT企業で早々と倒産してしまう会社ほど真新しい高級事務機器類を導入している傾向が見られている、と言われました。新しい会社なのにフル装備で買ったところはダメになっているようです。
意外と大手の企業になるほど移動や移転が多いため中古を入れている、なんて聞きましたね。

澤村
そうなんですか。

社長
私たちは、ホップステップジャンプを大切にしています。地に足の着いた堅実なやり方でブレずに行っています。ウチのスタッフは無理な仕事はしないし、手を出しません。自分たちの器で受けられる仕事とそうでない仕事があります。喉から手が出るものであっても、手を出すと大変なことになります。ホップする時に目標があって、ステップするときに目標があって、ジャンプする時に目標がありますからね。

澤村
その都度また目標を決めるのですね。

社長
そういうことですよ。山を登る時も同じですよね。1000mの山を登った時に、そこから2000mの違う山へそのままは挑めません。頂上にいるなら、一度まずは下山してから次の山へと向かいます。会社や仕事もいったん基本に立ち返り、毎回しっかりと目標を立てなければなりません。目標を一回一回考えながら、実現させていくんです。

株式会社マルス、株式会社MCC

澤村
起業の経緯をお聞かせください。

社長
もともと私は小学校の高学年の頃からカメラマンしか考えていませんでした。当時の家庭教師が日大の芸術の写真科に行ったのがきっかけで、中学に入ってからも写真小僧でした。同級生でもカメラをやっていた人は多かったですね。私たちの時代は、銀座で石を投げたらカメラマンかデザイナーに当たると言われていました。それくらいみんな高校を卒業すると、写真学校やデザイン学校に行ったんです。10人の内、半分はそうでした。大学も写真科に行き、特待生で奨学金をもらってそれをフィルム代にして写真を撮っていました。私自身は、一度も就職してお給料をもらったことがありません。時代はフリーが全盛の時でしたから。10年フリーをやって、30歳の時に株式会社マルスを作りました。

澤村
本当にカメラマン一筋だったんですね。

社長
そうです。ただ最初から広告カメラマンだったわけではありません。初めはドキュメンタリーをやっていました。大学でも報道科と商業科があって報道を撮っていました。朝日カメラや文芸春秋や岩波の「世界」など、グラフィカルなモノを主に撮影していました。20代の後半頃からコマーシャルに興味を持ちました。コピーやキャプションを読むことで、よりその写真に理解を増すことが多いのが報道写真だと思うんです。中には写真自体が強いものもありますけど、例えば昔の戦争写真とかで、文章を読んで始めてノルマンディー上陸作戦の時だと分かることに疑問を感じたんです。写真だけで全てを伝えているわけではないんだとね。広告は商品をよりシンボライズさせるために手を加え演出をすることが常にありますが、その方が写真としての強さをとても感じました。そうやって写真というかビジュアルで勝負するコマーシャルフォトにのめり込んでいったんです。

澤村
その延長線で、広告専門の会社を立ち上げたんでしょうか。

社長
当時はフリー同士が事務所を作って仕事することが多かったんです。私も若い頃には、サハラ砂漠の撮影で有名な野町和嘉などと一緒に参道橋で事務所を持ちました。彼はコマーシャルから報道に行き、私はその逆でした。広告をやり始めてアシスタントの人たちと協力して仕事をしていく中で、集団としてやった方が良いと思ったんです。最初は渋谷区富ヶ谷で、2年半ほど小さな事務所を立ち上げました。みんなに、これが事務所かよと言われるような場所でした。最初はスタッフ2名でしたから。ここ渋谷の神泉に移転して30年ですが、最初の頃は周りから本当に持ち堪えられるのかと言われたりもしました。

澤村
30年ずっと会社を継続していくのは、本当に難しいことですよね。

社長
まぁ、いろいろありましたね(笑)。当時はドキドキ感を求めて写真を撮影していました。でも今は写真ではなくて画像になっていますよね。アナログというかフィルムのカメラで撮っているものが写真であり、デジカメやスマホで撮っているものは画像だというような感じです。写真のあり方は時代と共に変わっていきますので、だからこそMCCとして既存のビジネスモデルにない会社を立ち上げたいと思ったのかもしれません。自らを今の時代に合わせて行きたいと思います。

澤村
ありがとうございます。最後に、新社会人へのアドバイスを頂けますか。

社長
自分で勉強していくことが必要だと思います。時代の流れとして、一からしっかりと教え込むということが少なくなってきました。寺子屋方式と現代では、教え方が違いますよね。大事なのは自分で積極的に取り入れていくことです。真摯に受け止めて自分で考え実行することです。その中でしか成長することはできないと私は感じています。私も自分の持っているもので次の世代にも通用する部分は、若い次の世代へ伝えて行きたいと思っていますよ。

“建物情報”

JR各線、東京メトロ銀座線半蔵門線副都心線渋谷駅」徒歩8分。情報発信地、渋谷の国道246号線沿いに建つのが、株式会社MCCがサテライトオフィスを立ち上げた「いちご南平台ビル」です。
竣工:1993年7月。
基準階面積:58.11坪。
石張りとカーテンウォールの外観が人目を惹きつけ、エントランスに入れば高級感のある佇まいで迎えられます。フロアを分割した約27坪に今回ご入居されましたが、貸室外の男女別トイレ、OAフロア、機械警備と大型ビル並みのスペックが全て整っています。見た目よし、使ってよしのありそうでない希少なビルです。

4)まとめ

壁も床も階段も一面イエローの、ギャラリーのようなエントランス。真っ白な空間にピンと張り詰めた緊張感が印象的な自社スタジオ。南平台のサテライトと合わせ、株式会社マルスのこだわりのオフィスでした。
クリエイティブの世界を新ビジネスモデルで駆け抜けています。もっと面白く仕事をすることが目標だと語るマルスから目が離せません。

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