セキュリティ体制万全のお手本オフィス【オフィスwatch 株式会社テクネット】

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今回お伺いしたのは中小企業のITサポートやコンサルティングを行う株式会社テックネットです。
IT会社ならではのセキュリティに配慮したオフィスは「社内のセキュリティ対策はこうあるべき」とお手本のようなオフィスでした。
代表取締役社長の須田騎一朗氏にオフィスへのこだわりだけでなく、経営への考え方などお話をお伺いすることができました。
1)みんなが安心して働けるセキュリティオフィス【オフィス写真&ポイント解説】
  ①セキュリティ
  ②お勧め図書
  ③一番町
2)代表取締役社長 須田騎一朗氏インタビュー
3)周辺情報
4)まとめ

1)みんなが安心して働けるセキュリティオフィス【オフィス写真&ポイント解説】

株式会社テックネットのオフィスはセキュリティレベルに合わせて3つに分かれています。
どういう基準でエリアを使い分けているのかなど写真とあわせてご紹介していきます!
(取材日 2006年3月28日)

株式会社テクネット
《事業内容》 200名程度までの事業所に特化して、ITの保守/サポート/コンサルティングを安価かつ小口対応でご提供する、アウトソーシングサービスの専門企業
《サイトURL》 http://www.tec-net.jp

①セキュリティ

オフィスには、3つの空間が存在する。

中小企業の情報システム部を目指すテクネットは、“IT環境や情報システムの仕組みは、こんな風に作ると良いですよ”という、他のオフィスの参考になるような空間作りがなされている。

レベル1と呼ばれるゾーンは、外部の方がある程度自由に入る事のできるエリア。そこには、秘密情報は一切置いていない。レベル2とされるゾーンは、通常の事務スペースで、この中には、顧客情報があるため、一般の方は出入りできないようになっている。そして、レベル3とされるゾーンは、非常に重要な情報にアクセスできる場所。この空間には、社内でも限られた人間しか出入りできないようになっている。

このように、社内には3つの空間があり、入退室制限がしっかりとかけられている。50坪規模のオフィスでこのようなセキュリティ体制を整えている会社というのは、皆無に近い。

テクネットさんのようなセキュリティ体制は、理想とされるものなのではなく、本来は必然であり、そうあるべき姿なのでしょうね。とても勉強になるオフィス作りなので、弊社でも是非見習わせていただきます!

②お勧め図書

テクネットの入り口を入ってすぐの左側には、ちょっとした待合い兼休憩スペースがある。

壁際には、背の高い本棚が設置されており、その中には数々の書籍が見受けられる。これらの本は、須田社長はじめ役員陣の推薦本。もともとは社員の方に手にとって読んでもらいたいという思いから設置したのだが、お客様も自由に閲覧できるようになっている。

本の内容は、IT関係図書から、思考プロセス本、マナー本など、多種多様。どれもこれも、とても勉強になりそうなものばかり。

ちなみに、この白い本棚は須田社長ご自身がネットショッピングで購入されたもので、組み立てもご自身でされたのだとか。起業当初、畳四畳分くらいの部屋で6人が詰め詰めで仕事をしていた時に使っていた、思い入れのある本棚なのだとか。

社内においてある本を見ると、どんなパンフレットを見るよりも、社内の文化や雰囲気、社長の考えが伝わってきて、とても参考になります。

③一番町

「本当は、この場所にオフィスを構える事は検討していなかったんです。」

もともとは、以前オフィスのあった渋谷近辺で探していた。しかし、加盟店の方に麹町近辺を勧められ、興味本位で見に来たところ、落ち着きのある雰囲気の虜になってしまったのだという。

何を隠そうこの場所、都内でも随一の由緒正しき歴史を持つ地域なのである。その歴史を紐解くと、オフィスのある番町というのは、もともと江戸城外郭の外堀跡であった場所。幕府の警備などに当たった、番方の旗本屋敷が置かれていた事に、その名称が由来しているのだという。また、隣接する紀尾井町は、紀州藩、尾張藩、井伊家の中屋敷がこの場所にあった事にその名が由来している。

かつてはお屋敷町としてその名を馳せた閑静な地域とはいえ、都心に位置しているため、東京23区、どこに足を運ぶにしても便利な土地。そして現在、何よりも魅力的なのが、ここの周辺環境。

静かで緑あふれる街並み。この時期は、何といっても千鳥ケ淵の桜は見逃せない。取材前夜も、社員の皆さんでお花見会が開催されたのだとか。

行き帰りの桜道は、本当に心が洗われるほどの麗しい景色。仕事の疲れも一気に吹っ飛んでしまいそうな景色と、その由緒正しき歴史を知ってしまえば、即決してしまう場所ですよね。

 取材スタッフの注目ポイント 
社内ミュージック
5入り口の一角に、i-podを発見しました。これは、須田社長選曲の社内BGMなのだそう。7000曲くらい入っていて、クラシック、ジャズ、ブルースやソールミュージックなど、そのジャンルは様々。これだけ曲が入っていれば、飽きずに聞けますよね!
お菓子
社内には、真面目そうな本に紛れて、たくさんのお菓子が。取材中も、社員の方がお菓子をパクリ。テクネットの社員さんには、甘党の方が多いんですね。私もこのお菓子、大好きです。
お面
社内の片隅にひっそり置かれていました。何でも節分の時の名残なのだとか……。鬼役はどなたが務めたのでしょうか。役員の方とかだったら、とてもじゃありませんが豆まきどころではないですよね。
合宿の思い出
業務スペースには、合宿中に作った模造紙がたくさん貼ってありました。その中には、こんなおもしろいイラストが!この暖かみ溢れる手作り感、すごく良い合宿だった事が伝わってきます!

2)代表取締役社長 須田騎一朗氏インタビュー

千代田区一番町。地下鉄半蔵門駅からすぐという好立地に、今回お伺いするオフィスは存在する。今回は、中小企業、ベンチャー企業の情報システム部の代行サービス事業を行う株式会社テクネット、代表取締役社長の須田騎一朗氏にお話をお伺いする事ができた。

セキュリティオフィス

社長
3つのゾーンに分けるというのが絶対の基本にあるんです。今回のオフィスでは、その3種類のゾーニングと同時に、見通しの良さにこだわりました。各空間の仕切りとして、透明のガラスの使用しているんです。

―本当ですね。全てのゾーンがガラス張りになっていますね。

社長
そうなんです。ご来社いただくお客様に、ガラス越しではありますが、社内の全てを見ていただけるようになっています。見通しを良くする事によって、不正につながる行動を無くし、お客様に対して、「隠し事は一切ございません」という事をアピールしているんです。

―なるほど。ひとつ疑問に思ったのですが、ガラス張りですと、私のような一般の来訪者が重要度の非常に高いゾーン3の情報を簡単に見られてしまうのではないのでしょうか。

社長
社内の壁の位置や角度などから、ゾーン1からゾーン3の情報は、見えない構造になっています。

ただ、ゾーン2にいる社員から、ゾーン3の情報が見える事に問題はありません。ゾーン2の人達がサーバーに接続をして、色々仕事をしているわけですけれども、見ている情報は双方ともに一緒なんです。けれども、サーバールームに入るとその情報をごそっと持っていける、コンピュータ一式すら持っていく事ができてしまうんです。

一番重要な情報が、ゾーン3の部屋の中に何でも入っているので、そこでデータをコピーして持ち出す事は、非常にまずいんです。だから、一切が見えるようになっていて、みんなで監視している状態にしているんです。

足元から全て見えるようになっているので、よけいな持ち物は持ち込めません。みんなの目があるという事によって、悪い事をやりにくいようになっています。見えてるんだけれども、情報は漏れてこない。一番こだわったのは、そういった所ですね。

―なるほど。とても勉強になります。他にも、セキュリティ面で力を入れていらっしゃる事があれば、是非お聞かせいただけませんでしょうか。

社長
はい。例えば、ゾーン2とゾーン3の入退室には、すべて専用のカードが必要になります。入るだけではなく、出るのにもカードが必要で、全部記録が残っているんです。

また、社内の電子メールは、実は全て記録されています。一般のアウトルックなんかは使えないようになっていて、ウェブからしかメールが送れないし、受け取れないんです。

ID、パスワードを入れれば、すぐに他の人のメールを見られるし、逆にメールサーバーに接続するためのパスワードは、管理者以外には変更できないようになっています。削除は一応できるようになっていますが、それも「削除されたメール」という所が別にあって、そこに保存されていますから、「あ!彼女からメールきちゃった!削除だ!」とやっても、ゴミ箱にそのまま残っています(笑)。不正が万が一あった場合には、追っかけられるようになっているんです。

そうしておく事で、みんなが安心して働ける(お互いを疑う余地が少ない)ようになっているんです。

―徹底した管理体制ですね。

社長
でも、どんなに強固なセキュリティでも、結局作り出しているのは人間なので、機械でいくら防いでも人間が悪さをしようと思えばいくらでも抜け道はあるんです。だから、半分は人材教育、半分は仕掛けというものが必要なんです。

―なるほど。

社長
なので、セキュリティをどうすべきかというと、やっぱり勉強会だとか、行動指針的な、そういうルールの徹底が絶対に必要です。弊社でいえば、まず朝礼で全員が集まってお互いの話をするところから始まります。習慣化された集まりだけではなく、頻繁にみんなで顔を合わせるように心がけています。

合宿

社長
実は先日、全社合宿というものを初めて行いました。

―合宿ですか!どのようなものだったのですか。

社長
1泊2日のプランだったのですが、初日はラフティングという、ちょっと危険な川下りを行いました。これは、プロで合宿研修を行なっているモデレーターの方が決めたのですが、けっこう危ないんですよ。岩に向かって、バーッと舟が流されて行ってしまったりして、その時にどう回避するのか、だとかいう事を、全部で1時間半くらい習ってから実践したのですが、非常に面白かったです。でも、とにかく寒かったですね!

そして、地元の古い武道場を2日間借り切って、明け方までそれはもう熱ーい議論をしました。

―議論というのは、どのようなものだったのですか。

社長
はい。弊社には、価値観として、“志、あらわす・ひびく・おどろかす”という4つのキーワードがあるのですが、どうしてこの価値観になっているのかという事を、みんなで議論したんです。結論を押し付けるのではなく、このキーワードって何、どういう意味なのか、という事を色々な見方で出し合って、共有したんです。

そのために、ゲームをやってみて、「何で自分たちのチームは勝てたんだろう、あの時にこういう判断をしたからだ」とか、「誰々さんが運動が苦手だったからフォローするためにこういう手立てを打ったよね」、「みんなが勝とうと思っていたから、諦めなかった」などという、なんで勝ったのかという理由をたくさん挙げて、一番大事な事を見出したんです。それが“あらわす・ひびく・おどろかす”にどう繋がっていくのか、全部繋がるよね、という事をやったんです。

―なんだか、聞いているだけでとても熱い感じが伝わってきます。

社長
そうですね。もともと夜9時か10時くらいで初日を終える予定だったのですが、結局午前1時まで議論をしました。お酒なんか全く抜きでね。

翌日も、本当は午後3時くらいで終わる予定だったのですが、議論が白熱して全然終わらなくて、秩父の山奥で午後8時までやって、東京に帰ってきたら、もう11時くらいでした。

でも、時間なんて忘れてしまうくらい、非常に良かったんです。

―なるほど。みなさんのご反応は、いかがでしたか。

社長
「こういう研修をまたやりたいと思う?」と聞きましたら「毎年、いや半年ごとにやりたい。」というような反応でした。“業績を上げるための手段としての合宿”のはずが、「合宿をまたやりたい。そのためには業績を上げなければいけないね。」と、合宿が目的化してしまうくらいの勢いでしたね。

新しい会社というのは、色々なカルチャーを持っている人が集まってきます。その色々な経験を出し合う事で、新しい価値が生み出されるので、色々なタイプの人が集まってくるのは、非常に良い事なんです。

でも、集まってきたら、何かひとつの統一された文化をみんなで共有して、同じ風に行動して行かないと、上手くいかないんですよね。

集まってくるキャラクターがばらばらであるほど、おもしろい物はできるんですけれども、ただ、集まった時には統一された行動指針のようなもので、みんなが動いていかなければいけない。そういうベクトルを合わせようという事が、合宿の目的だったんです

当初は、コスト的理由から慎重な意見も随分と出ましたが、結果的に、みんながみんな満足してくれた合宿となりましたので、今後も行っていければ良いと思っています。

ニックネーム

社長
合宿以後、社内ではみんなニックネームで呼び合っているんですよ。

合宿の間は、役職など関係なく、お互いが対等な立場で議論し合ってほしいという思いから、全員のニックネームを決める事にしたんです。

実は神田の時は、仕事柄、社員の直行直帰が多く、会社に全社員が揃うことが少ないといったような状況でした。そもそもオフィスというのは、社員が集まって情報共有してこそ意味のあるものなのに、それが実現できていなかったんです。

私が仕切ってしまうと、会社の延長になってしまうので、私ではなく別の司会をたてて、あだ名をつけようという事になりました。自分の希望するニックネームをただ単に言っても、つまらないものであったり、この人はすごくかっこいいニックネームなのに、この人はあまりかっこよくなかったりという風に分かれてしまうんです。
なので、全員が納得した名前にしようという事で、「子供の時、何て呼ばれてたの?」という事からいくつか出していって、そこから連想ゲームみたいにひとりひとりが話していって、全員が同意するまで、決まるまでずっと色々な名前を考えたんです。結果は、何だか変な名前ばかりでした(笑)。

―どのような名前があったのですか。

社長
例えば、“ベローチェ”とか、“あやや”とかがありましたね。あと、“ゴメス”とか、“裸王”、“ぴーすけ”、“いたっち”とか、何だか良く分からないものばかりなんですけどね(笑)。

僕は“萌~”っていう名前になっちゃったんですよ(笑)。何で“萌~”だったのか、未だに分からないです(笑)。

―おもしろいですね(笑)!でも、合宿が終わっても、その呼称を継続されているのはどうしてなのでしょうか。

社長
せっかく合宿で、ものすごく良い議論ができたし、すばらしい思い出もできたので、よくありがちな研修の翌日はすごく盛り上がっているのだけれども、1~2週間経っていくうちに、熱が冷め、「なんだ、その時だけだったのか」という風にしたくなかったんです。なので、終わった後もニックネームで継続して呼び合おう、そうすれば合宿で議論した事も忘れないよね、という事で、社内ではニックネームで呼び合う事を継続しています。

その結果、社内がすごくフラットな感じになって、良かったですね。

―どういった点が一番変わったと思われますか。

社長
そうですね。動きがみんな早くなった事でしょうか。以前よりも積極的に、きびきびと動いてくれるようになりました。

―具体的には、どのような部分を指すのでしょうか。

社長
会社の中で、何でもかんでもルールで決めなくても、結局一番大事なのは、みんなが主体的に誰々さんの足らない所は私がカバーするだとか、そういうようなものだと思うんです。

一般的にあるのが、「それは私の仕事じゃないから、誰々さんがやらなきゃいけないよね」という事だったり、「私はやっているのに、どうして誰々さんはやってくれないんだ」とかいう話。でも、今はそれがほとんど無くなったんです。

株式会社テクネット

―社長ご自身の夢をお聞かせいただけますでしょうか。

社長
はい。日本の中小企業を元気にするために、ITの側面からケアする事が、私の昔からの目標でした

それは、一歩離れた安全地帯からではなくて、私たちも自ら危険地帯に入って、一緒になってその中小企業を支えるという事をやりたいんです。そのために、私たちはITアドバイザーとかではなく、中小企業の情報システムの仕事自体を引き受けて、実際にお手伝いしていくという事がやりたいんです。

目標は、全国40万社のターゲットの5%、2万社のお役に立ちたいと思っています。

―では、プライベートでの夢をお聞かせいただけますか。

社長
30歳と40歳と50歳で、3回チャレンジをしたいと思っていて、それが自分の夢です。30歳の時に、一つ目の会社を創業して、1,000名のスタッフが働く規模にまで成長させる事ができました。

そして今度は、40歳くらいでもう一度チャレンジできたら良いなと思っていて、たまたまチャンスに恵まれてやれる事になったので、現在がんばっています。同じように50歳で、全くの0からチャレンジができたらと思っています。やはり会社を興すというのが、可能性としては高いと思うんですけれどもね。

―3度目の起業ですか!それはすごいチャレンジですね!

社長
はい。全くの0からというのは、結構辛いんですけどね。でも、自分の成長のため、50歳でもう一度チャレンジして、60歳くらいの時にもう一回何かできたら良いですね。それは、社会的貢献活動かもしれないし、まだ全然決めていません。

―では、もしも起業という道がなければ、何をされていたと思いますか。

社長
もともと学生の時は、ジャーナリストになりたいと思っていました。

世の中がより良くなっていくための情報を発信していけるような職業につきたかったんですけれども、自分の父親が中小企業をやっていたので「継がなくてはいけないのかな。ビジネスマンにならないと、親孝行できないのかな」という思いがあり、ジャーナリストになる夢はいったん諦めました。

そういうわけでビジネスマンになったのですが、単なるビジネスマンでは世の中に何かモノを言いたいと思っても、単なる一個人では影響力が小さい。でも、何らかの実績や金銭的なものや名声があれば、ポロッと話した事でもすごく影響がある。だから、何とかそういう力を身につけて、世の中が良い方向になるようにお手伝いができると良いなと思っています。

そのためには、ビジネスで相当に成功しないとダメですね。

―どうもありがとうございます。では、大変恐縮なのですが、最後に今後の社会人生活へのアドバイスを頂戴してもよろしいでしょうか。

社長
はい。私流に言うと、“全て捨ててしまう方がつらいけど楽”という事です。

選択肢を一つだけにしてしまうんです。私は今まで、そういう風にやってきました。わりと、「あれも、これも、それも欲しい」というタイプですので、逃げ道があったり、選択肢があると、どうしても一つの事に集中できないんです。

私は、学生の時から、勉強や運動で一番だったわけではないし、何でもないんです。そういう人間が何か結果を残したいと思ったら、すごく簡単な方法があって、逃げ道を全部捨ててしまえば良いんです。

私の場合、2つ目の会社を作るにあたっても、もし1つ目の会社の自分というものを持っている状態で新しい会社を起業したら、集中できなくなって、上手くいくものもいかなくなってしまうと思ったんです。私はいつも、“退路は全て絶つ”という考えでやっています。

起業する前の経験で言いますと、ジャーナリストになりたいと思ったので早稲田大学の第一文学部という所に入ったのですが、そもそもそこ一箇所しか受験していないんです。

―普通は、複数の大学を受験しますよね。

社長
そうですね。確かにそこしか受験していないと、試験当日に風邪をひいてしまったら落ちてしまうわけですが、逆に勉強しなくてはいけない科目数が一気に減るので、とても簡単なんです。

それで、入学したんですけれども、ビジネスマン、起業家みたいなのにならなくちゃいけないと途中で思い直したんです。
当時はバブルの絶頂期で、就職が非常に簡単でしたので、ちょっとした大学を卒業していれば、企業が「とにかく来てください」というように、選り取りみどりでした。そういう状況で卒業していれば、きっと大企業に入って、すばらしく楽しい社会人生活が待っていたのでしょうけれども、そうしてしまったら、おもしろくて辞められなくなってしまうだろうなと思ったんです。
ちょっと変わっているんですけど、そういう状況からまず逃げないと、とても起業できないと考えたんです(笑)。

そこで、おもしろい道を全て絶つために、大学を辞める事を思いつきました。そうすれば、もう就職できないから、その楽しげな選択肢が消えますよね。つまり、わざわざ中退というレッテルを自分に貼ったんです。

―選択肢のない状況を、自己演出されたのですね。

社長
そうなんです。「せっかく大学入ったのに、中退だなんて恥ずかしい!」だったら、ビジネスの世界で成り上がっていかない限り次はない、と自然に思いますよね。

成功された人というのは、好きな事に集中した結果、事を成し遂げてしまったという天才的な人と、そうではなく、苦労とか不幸とかをばねにして頑張って結果をつくった人、どちらかだと思うんです。

私は、そんな天才ではないし、さらに、子供の時から全然苦労がないんです。だったら、自己演出的に苦労というものをくっつけないと頑張らないよな、という事で、そうしているんです。

恵まれている状況にある人は、それを認識しつつも、それを捨てていかないと、とても競争できないですよ。

だから、“捨てる”というのは、ひとつのキーワードとしてあるのかなと思います。

―なるほど、新しい考え方で、とても勉強になりました。本日は、誠にありがとうございました。

3)周辺情報

テクネット須田社長のこだわりの街、「番町」。麹町半蔵門周辺のこの歴史溢れるこのエリアは、一昔前は、丸の内、銀座と並ぶ日本の一等地だったんですよ。

このエリアは一度拠点にしてしまうと、ファンになってしまう会社が多く、リピート率がとても高い場所です。是非、ベンチャー企業に、もっと認知して頂きたいエリアです!

アトラスビル


半蔵門線半蔵門駅」徒歩2分、有楽町線麹町駅」徒歩7分、新宿線市ヶ谷駅」徒歩10分。自然溢れる皇居の敷地まで歩いて2~3分と言う、とても贅沢な場所に位置するのが、今回取材したテクネットの入居する「アトラス」ビル。
竣工1994年、基準階面積:約70坪。御影石とカーテンウォールの外観がとても綺麗でビルである。

 所在地  千代田区一番町5-3
竣工  1994年
 規模  地上6階

紀尾井町ビル

麹町駅から徒歩2分、永田町駅半蔵門駅から徒歩6分、赤坂見附駅から徒歩7分、四ツ谷駅から徒歩9分と、絶好の交通アクセスを誇る千代田区の中心地、紀尾井町に位置する超高層ビルです。
この紀尾井町という地名は、江戸時代に紀伊和歌山藩徳川家上屋敷、尾張名古屋藩徳川家中屋敷、近江彦根藩井伊家中屋敷があったことに由来しており、三家の一文字ずつを取り、紀尾井町と名付けられました。
これらの大名屋敷は、明治以降は、政府用地、北白川宮邸(後の李王邸)や伏見宮邸、行政裁判所、尾張徳川邸などとなり、現在では、ホテルニューオータニ、赤坂プリンスホテルという日本を代表する高級ホテル、政府御用達でもある料亭の福田家、また多くの高級ブランドショップなどが立ち並ぶ地となっており、古くからの一等地として知られています。また、清水谷公園を始めとする多くの緑地帯を持つこの地は、都心の憩いの場にもなっています。

この絶好の交通アクセスの良さと、歴史から形成された都心の一等地というブランドは、この地を多くのオフィスビルが立ち並ぶ有数のビジネス街としても発展させました。そこに、1989年12月、誕生したのが紀尾井町ビルです。地上26階・高さ115mを誇る紀尾井町ビルは、ホテルニューオータニタワー、赤坂プリンスホテル新館に続く超高層ビルとして建築されました。またこの紀尾井町ビルは、この界隈における最初の超高層オフィスビルになります。

高層の建築物が数えるほどしかないこの界隈において、一際目を引く存在として位置する紀尾井町ビルは、まさにこの地のランドマークとなっており、その存在感、そして都心を一望できる超高層のオフィスは、今もなおこの地に憧れる多くのビジネスマンの憧れとなっています。
これからも次代の情報化社会に対応した新たな価値創造の拠点として存在し続けることでしょう。

所在地 東京都千代田区紀尾井町3-12
構造 鉄骨造
規模 地上26階、地下4階 (高さ114.95m)
竣工 1989年12月
敷地面積 2840.87坪
建築面積 599.55坪
延床面積 18915.62坪
基準階貸室面積 382.0坪
駐車台数 210台
天井高 2,700mm
OA対応 3WAYセルラーダクト
床荷重 300kg/m²

4)まとめ

これほどのセキュリティ体制が整ったオフィスを訪問するのは、初体験でした!セキュリティという部分も重要ですが、何よりも大切なのは、社内教育なんですね。

テクネットさんの企業理念である“志、あらわす・ひびく・おどろかす”については、非常に良いお話だったのですが、ボリュームが多かったため、残念ながら今回は掲載する事ができませんでした。ご興味のある方、須田社長がいつでもご説明してくださるとの事でしたので、是非聞いてみてくださいね。

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